苦竹
にがたけ Nigatake
<駅DATA>
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所在地 | 仙台市宮城野区 |
開業 | 1943(昭和18)年 |
乗車人員(日) | 2,449人(2020) |
駅構造 | 高架駅 |
ホーム | 2面2線 |
<撮影DATA> |
登録# | #02361 |
撮影日 | 2021/10/3 |
区分 | 戊 |
撮影枚数 | 36 |
2021
駅名標
仙台市宮城野区に所在する、東日本旅客鉄道・仙石線の駅。開業は1943(昭和18)年、宮城電気鉄道の駅として。約600m石巻寄りにあった新田駅が移転のうえ現駅名に改称した。戦争たけなわの1943(昭和18)年に開業。隣接する陸軍造兵廠への工員を輸送する目的で設置された。翌1944年に国有化、1987年、国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となった。
この駅もまた、戦争により生まれてきた歴史を持つ。
駅の南側大部分を陸自仙台駐屯地が占める。もとは造兵廠が置かれていた場所。
高架駅舎のようす
国道45号に面した高架駅で、1966年(昭和41)年にほぼ現在の姿となった。
国道45号より駅出入口を見る。
駅出入口は国道に面したここ1ヶ所。
左の店舗は2011年のストリートビューを見るとキオスクと看板が出ている。
国道45号にかかるガードを石巻方向に向かい。ホームが一部、国道上にかかっている。
1番ホームより国道45号を仙台市街中心部に向かって見下ろす。
駅の南側は陸自仙台駐屯地で、もとは陸軍造兵廠仙台製造所。当駅はここに勤める工員のために設置された。
高架の駅舎内のようす
改札口は1ヶ所。一日の乗車人員は2,449人(2020)。ここ20年ほぼ変わらず。エレベーターは2006年に設置された。
奥に改札口。改札外スペースは線路に沿って縦長。
自動改札機は2003(平成15)年に設置。同年にsuicaに対応。
改札内より改札口を見る。
コンコース部分のみ箱型の駅舎となっていて、それ以外は「高架下」の風情。
改札内のコンコースを経て、階段かEVでホームへ。
2番ホーム階段前より1番ホームへの階段付近を見る。
ホーム(相対式2面2線)
カーブしたホームは相対式の2面2線。有効長は他駅に比べやや長め。高架化は1966年。設置の時代は異なるが、神奈川・JR鶴見線の国道駅に似た構造を持つ。両駅とも国道に面している。
こちら1番ホームは下り松島海岸、石巻方面。石巻方ホーム端近くより仙台方面を見る。
下り1番ホームのやや石巻方より仙台方面。
1番ホームのやや仙台寄りより仙台方向。
1番ホーム仙台方ホーム端近くより石巻方面を見る。
2番ホームは上り仙台方面。仙台よりホーム端近くより石巻方向。
2番ホームの石巻方ホーム端近くから仙台方面を撮影。
上り仙台方面
次駅は0.8km先に陸前原ノ町。かつては仙石線電車の車両基地があった。
短い距離で勾配を駆け下りて、次駅の陸前原ノ町はもう地下駅である。
下り石巻方面
次駅は1.6km先に小鶴新田。かつての新田駅を移転のうえ現駅名に改称したが、くだって2004年、小鶴新田駅が新たに設置された。
駅を出てすぐ、線路は地平に下りてくる。現在では当駅のみが高架駅のスタイルをとる。
空中写真より
(国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス USA-M174-350 を加工)駅の高架化は1966年のこと。この当時は国道45号を踏切を渡っていた。南側の造兵廠には米軍の兵舎が建ち並び、ジープが整然と駐車されているようすも確認できる。
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【東日本旅客鉄道 仙石線】 あおば通り--仙台--榴ケ岡--宮城野原--陸前原ノ町--苦竹--小鶴新田--福田町--陸前高砂--中野栄--多賀城--下馬--西塩釜--本塩釜--東塩釜--陸前浜田--松島海岸--高城町--手樽--陸前富山--陸前大塚--東名--野蒜--陸前小野--鹿妻--矢本--東矢本--陸前赤井--石巻あゆみ野--蛇田--陸前山下--石巻